明治の中頃そば屋を始めました。それまでは旅籠屋だったとか。江戸時代、呉服町には旅籠屋が八軒もあったそうです。たぶんその中の一軒、澤田さんも江戸時代から続いていたのかもしれません。
先々代が当主の頃、火事でお店を消失したことがありました。火元と思われたボイラーが壁一枚挟んで隣同士、同じ位置にありました。色々調べましたが、澤田さんが火元ということで決着してしまいました。当時の店主 澤田嘉一郎は「どうしても納得がいかぬ」と、証拠となると思われる片側が焼け焦げた家の柱を抱えて新潟の裁判所まで掛け合いに行った−というエピソードが残っています。嘉一郎さんが柱を抱えて走る姿、目に浮かびます。
「澤田そば屋は商店街でたった一軒の大切な日本蕎麦屋」。そば粉は創業時からずっと妙高の粉屋さんから届けてもらって、自家製麺で提供しているこだわりの本格ソバ屋です。ソバ屋さんのカレーライスも評判の人気メニューです。